<< プールへの感謝 | main | 最後のご挨拶 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

カテゴリ:- | | - | - | -
北医体&東医体を終えて
どうも、ご無沙汰です。





東医体後の弾丸ツアーを経て、

昨日の朝札幌に帰ってきました。

(リクライニングの寝台列車は首が痛かった…。)





とうとう僕も引退を迎えたわけですが、

今は気持ちの整理もついて

さわやかな余韻に浸っています。





満足と安堵と少しばかりの寂しさ、

今はそんなブレンドの心境でしょうか。

いい塩梅です。





北医体と東医体の結果を記して、

今の気持ちを書かせてもらおうと思います。





あまり周りには言ってなかった内面の話も

書くかもしれませんが、

まあそれはブログなんで許し下さいね。




あとかなり長いので、

暇なときにでも読んでやって下さい。





〇北医体2011〇

800fr : 10’35”04

400fr : 5’02”19

200FR : 1’44”56
       (27”69)

800FR : 8’47”40 魚新
       (2’16”28)




〇東医体2011〇

800fr : 10’37”33

400fr : 5’07”00

400MR : 4’57”71
        (1’01”59)

200FR : 1’44”52
       (27”48)

800FR : 8’48”29 
       (2’20”76)






見ての通り、

今シーズンは結果としてベストを更新することが

できませんでした。





4年生で大ベストを出してシーズンを終えて以来、

自分に大きな可能性を感じることができたし、





まだまだ速くなってやろうと、

5・6年生のシーズンをひとくくりとして

この二年間泳いできました。





ポリクリが始まり日常は忙しくはなったけど、

一人暮らしを始めたおかげで生活に余裕ができ、

一層水泳に励むことのできた五年生、





ラスト、と意識するのは嫌だったけど、

それでも"最後"だというのが

特別な力をくれたであろう六年生、





この二年間はこれまで以上に

水泳に熱量を注いできました。





とくに最後の一年はやれることはすべてやろうと、

生活のほぼすべてが水泳に充てられました。





部活の本練習は元より、

平岸プールでの自主練で何千メートルと

泳ぐのも当たり前になっていたし、





それまで敬遠してきた他大での練習にも

参加するようになりました。





どうしても泳げない日は心肺だけでも動かそうと、

夜な夜な走りに行くこともよくありました。





それまでの日課であった腹筋とスタビも回数を増やし、

一日も欠かすことはありませんでした。





人並み以上に食べなきゃ痩せていく体質だったので、

食事の内容にも量にも気を使いました。





肉体の回復力がピークを超えていたのは

感じていたので、

お金はかかったけど諸々のサプリメントにも

手を出しました。






生活にメリハリをつけるためバイトも適度にこなしたし、





『本分の勉強をおろそかにするなんて…』

という後ろめたさが嫌だったので、

実習も勉強もまじめにこなしました。





本当に水泳第一の日常を過ごしていました。





しかし、それでもベストが出すことができませんでした。





…競泳って難しい。

数字でしか結果を残さないシンプルさゆえ、

難しくそして残酷です。





何も語らないけど、

しかしその奥に物語を持つ数字は

それだけで大きなパワーを持っています。





語らないが故に、同時に雄弁でもあります。





人の心の深い根本的な部分に

力強く何かを投げかけ、





惹きつけもするし、突き放しもします。

魅了もするし、傷つけもします。





最後の最後になってそんな競泳の奥深さを、

身をもって体感した気がします。




自分のすべてを捧げたからこそ

見ることのできた境地なのかもしれません。





たかが六年間だけど、

水泳の深いその先の領域へ

少しでも足を踏み入れることができた、

そんな気がしています。






***************





『最後は何が何でも、必ずベストを出さなきゃダメ。』





『ベストを出せなかったなら、

そいつがやってきたことの何かが正しくなかった、

そういうことになる。』





ある尊敬する先輩が何年も昔に

僕に言ってくれた言葉です。





"自分は頑張った"と確かにそうは思っても、

結果が出なかったならば、

それは否定されてしまいます。





どこかの過程の何かがきっと

"間違っていた"ということになるのでしょう。





僕も自分のできる限りのことを、

その時その時正しいと思える選択を

常に選んできたつもりです。





でもそれでも結果が出なかったのならば、

どこかで何かが違っていたということになります。




今になって冷静に考えると、

正直、思い当たらない節がないでもありません。





六年間トータルで見た時の

オフシーズンでの休養の不足。




練習量の増加が故の泳ぎへの関心の不足、

精神的なマンネリ化。





肉体的な"フレーム=器"が理由の限界。





今になって振り返ると、

"あの時、ああやっていれば…"は、

やはり数多く出てきます。





"そいつのきっと何かが正しくなかった"

というのはそういうことなんだと思います。







……

でも、それでも僕はすべてに納得し、

満足しています。





確かに最後の結果には

言葉にできない悔しさがありますし、




もっともっと速くなって、

その新しい景色を見てみたかった。




きっと気持ちのいい景色だったんだろうと、

今でもそれが見れなかったのが

悔しくて仕方ありません。





でも、そんな気持ちとは全く関係のない部分で、

むしろそんな気持ちも含めて、

全てに納得して満足している自分がいます。





結果を最重要視し続け、

なによりも求めてきたにも関わらず、

結果を全然気にしていない自分がいます。





本当に不思議なくらい、

結果なんて関係ないと思えている自分がいます。





きっとむしろ結果を求め続けて

最後まで頑張ったきたからこそ、





結果の内容を超越した場所で、

全てに納得して満足することができているのだと思います。





そして僕が本当に欲しかったのは結果ではなく、

本気になって水泳にぶつかっていく

その過程だったのかもしれません。





祭りが一番楽しいのは、

その準備をしている時であるように、






最後の結果よりも、

その過程こそが僕の欲しいものだったのだなと。





終わった後でそれに気づきました。





本当に欲しかったものを、手に入れることができたなと。






*******************






親爺にも書きましたが、

僕は中学時代の後悔を払拭するために

水泳を始めました。





学生時代の最後の機会に

"最後までやり通したかった"。




若さのすべてをぶつけてやりたかった。




そして今、僕はすべてに納得して

満足してこの場にいます。





ようやく忘れ物を取りに行けたようです。





本当の意味で、今先に進むことができそうです。





これが僕の時代であり歴史だと、

そう胸を張って言うことができます。





それが今の僕の心境です。





繰り返すようですが、

本当に笑顔で引退することができました。





さわやかで涼しげな風が、僕の心に吹いています。





水泳を始めて、六年間続けてきて

本当によかったです。





さて、あとちょっとだけ書き残したことがあるので、

次回に続きます。




明日から釧路に行ってくるので、

次回更新はまたちょっと間が空きます。




乞うご期待。

(続く→)



カテゴリ:- | 14:06 | comments(2) | trackbacks(0) | -
スポンサーサイト
カテゴリ:- | 14:06 | - | - | -
コメント
OBOG会で話を聞けるのを楽しみにしています。とりあえず今は釧路着いたころだな♪神と呼ばれる6年生の生活をまだまだ楽しんで☆
| K | 2011/08/15 4:59 PM |
>けいさん

ありがとうございます。
OBOG会楽しみにしています。

そうですね、引退はしましたが、最高学年の残り時間をまだまだ楽しもうと思います。

| ピロシキ | 2011/08/19 12:52 PM |
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://rainandoasis.jugem.jp/trackback/174
トラックバック